| 杭州観光地情報 |
西 湖
湖は杭州市の西にあることからこの名がある。湖水面積は 5.7 平方キロメートルで、平均水深は 1.8 メートルである。 清らかで澄んだ湖水は、天から落ちた珠がくだけて湖になったといわれるほど。
杭州西湖は三面を水に囲まれ、一面だけは杭州市街と接している。湖周辺は風光明媚なところが多く、
「西湖十景」
というように、四季折々に美しい景観を見せる。昔から多くの詩に詠まれ、特に北宋の詩人蘇軾(1036 〜 1101年)は行政長官としてこの地に着任し、西湖の水利工事にも力を尽くした。 蘇軾が補強整備した堤防は "蘇堤"として今も残っている。
また、西湖は美女西施、文学者蘇東坡など中国歴史上の名人との縁も深いため、杭州のシンボルとも言える。
しかも、杭州西湖は中国名茶―西湖龍井 ( 緑茶 ) の産地でもある。 |
西冷印社
文化財の一つでありながら、中国伝統工芸の技を楽しむことができる名所。 |
霊隠寺
杭州西湖の西2キロ、霊隠山のふもとに建てられた霊隠寺は、中国禅宗十大古刹の一つで、その歴史は二千年以上のぼる、326年(東晋時代)にインドの高僧・慧理によって建立され、寺院周りの山々を仏道修行者の心霊の隠れ住むところとみて、「霊隠寺」と名付けた。最盛期の10世紀頃(五代の呉越国時代)には、3000人以上の僧を擁する大寺院であった。寺内に中国最大の木彫り釈迦弁尼の座像が安置されている。また、天王殿には1本のクスノキで造った傑作・韋陀天菩薩像もある。その奥に大雄宝殿、理公塔、冷泉亭などの建物が点在する。現在の寺院は19世紀後再建されていた物。 |
飛来峰
霊隠寺の前にある飛来峰の石窟造像群も有名であり、そのうち、特に目立つのは布袋弥勒の像。見た目には、中国の布袋と日本の布袋は、ずいぶん雰囲気が異なることが分かる。 |
六和塔
紀元 970年に築かれ、古代中国のレンガと木構造建築芸術の傑作である。高さは 60 メートルもある。 この塔の上層部から名高い銭塘江の大逆流を見下ろすことができる。 |
中国シルク博物館
全国規模のシルク専門博物館。 5000年らい中国の養蚕、桑栽培とシルク業の発展を物語ってくれている。 |
中国茶葉博物館
中国の茶葉発展史を展示する博物館。 観光客は茶摘みや茶道などを実演することができる。 |
宋城
古代建築を模して造られた大型遊園地。 施設と娯楽項目は宋代のそのものを蘇らせたものである。 |
岳飛墓
西湖北の棲霜嶺南麓にある。岳飛(1103〜1142年)は金を攻撃した名将で、民族英雄と称されている。墓の傍に岳王廟と岳飛の座像がある。 |
胡慶余堂漢方薬博物館
中国唯一の漢方薬専門博物館。 専門家の健康コンサルタントと薬膳などが設けられている。 |
| 烏鎮観光情報 |
菊花で有名な浙江省の桐郷に、烏鎮と言う 水郷が あり、上海から滬杭高速道路を利用して約2時間、観光客はほとんど上海人と言っていいぐらい上海からは便利なところにあります。
春秋時代からこの地区は呉、越、疆三国の境に位置していたため、争いが絶えませんでした。そのため呉は兵をこの地に駐屯させ、越との防衛線に利用したところから烏戍という地名がついたそうです。町として正式に開かれたのは唐の時代からで、街中にその時代から伝わるという巨大な銀杏の木が残っています。
町はクリークを中心に両側に形成されていて、東大街と西大街の2箇所が当時の面影を深く残しています。クリークに沿って歩いても大した距離はないため、のんびりと散歩を楽しむことができます。
東大街と西大街の間は歩いてもいけますが、 3 キロほど距離があるため三輪自転車を利用するのが便利。往復で1台 20 元ほど払うと気持ちよく走ってくれるはずです。また殆ど一直線に伸びている東大街のクリークには舟があり、一隻 80 元でチャーターできます。舟はいくつもの石橋をくぐり、 生活感あふれる景色を楽しませてくれます。
クリークをはさんで北側には中国の近代文学の巨匠 ・ 茅盾の住居など各種旧家や学校の公開、展示が行われています。
結構面白いのが酒屋。町全体がなんとなく酒粕のにおいがするなあ、と思っていたら、実はここで烏鎮の地酒「三白酒」の製造、販売を行っています。もちろん試飲も行っています。ちょっと強烈すぎるほどのにおいですが、非常にシンプルな製造器具が印象的でした。お土産に壷に入った三白酒でもいかが?酒粕も手に入ります。
また質屋も当時の面影をそのままに残っています。質屋は中国語で「当舗」といいます。そのため日本ではおなじみの「質」のマークがこちらでは「 当 」になっています。入り口に大きな「当」の字を見つけたらそこは質屋。
その他、藍染の実演や、風俗の紹介など各種展示が旧家を利用して行われています。 |
| 南潯観光情報 |
南潯は太湖の南岸に位置し、烏鎮より北 20 キロ離れ、南宋時代 (12 世紀 ) からシルク生糸の集散地として名がよく知られてある。
二百年前の 南 潯は最盛期を迎え、この小町にシルク生糸の卸商売を経営する店舗が 50 軒も超えた。その後、近代的な都会になりつづけてきた上海では、シルク商社 (91 社 ) の 7 割が 南 潯人は経営していることもあった。
水郷南 潯の町 に、 潯渓 の両サイドに立ち並んである百年以上歴史をもつ古い民宅のうち、明代に築いた董氏 ( 当時の名門 ) の邸宅「百間楼」がほぼ完璧に保存されてきた。現在、董氏の子孫がまだ住んでいるが、名前は「世徳堂」に変えられた。
見事に作られた中庭や、古風のある瓦とレンガ、また花模様に透かし彫りされた木製の窓から、賑わった昔の町風景が目の前に浮かんでくるような気もする。
町内の名園――小蓮庄は別名「劉園」とも呼ばれ、清代名臣劉庸の子孫が 40 余年にかけて造り上げた 南 潯最大な庭園である。劉氏義庄、家廟、園林など 3 つの部分からなり、敷地面積は 18000 uもある。
南 潯に橋の多さで有名。 清風橋、明月橋、通津橋、洪済橋、便民橋など数十本の橋が町に交差してある水路をまたがり、アーチ型の石橋が水中の投影と合わせ、満月のような風景を見せてくれる。 |